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昔から沖田は足が早いことで有名だった。だが、それ以上に桜司郎は身軽であり、直ぐに見失ってしまう。
桜司郎が行きそうな場所など検討が付かなかった。安全期 前に小さな桜の木の下にいた事はあったが、からでは距離がある上に駆けて行った方向が違う。
──思えば、私は彼女のことをあまり知らない。
ケホケホと咳を漏らしながら、沖田は通りを一つ一つ見て回った。そうしているうちに頭上の空は完全に雲に覆われ、まるで夕暮れ時のように暗くなる。
ぽたぽたと降る雨粒が沖田の着物に紋を作っていった。
人に尋ねると、揃って北を指さす。侍が走る姿は奇異に見えたのだろう、幸いにも直ぐに居場所を特定することが出来た。
壬生寺に到着すると、寺の軒先に膝を抱えて座る桜司郎を見付ける。
髪の先から滴る水を手で拭うと、近寄っていった。境内の石を踏み締める音に気付いたのか、桜司郎は顔を上げる。
泣いていたのか、はたまた雨に打たれたのか頬には幾筋ものの雫が流れていた。
「……桜司郎さん。何があったのか、教えてくれますね」
決して咎める訳では無いが、沖田の声色は拒否を許さないものだった。もしも桜司郎が松原の自害に関わっているのであれば、組長である自分の監督不行届である。
だが、松原と秘密にすると約束した手前、話すことは出来ないと桜司郎は口を開こうとしなかった。
「これは貴女の身を守る為、引いては松原さんを守る為になるんですよ。……今回のことは思ったより根が深そうですから」
そう言われ、観念した桜司郎は見聞きした全てをぽつりぽつりと話し始めた。話しながら、恐怖が襲ってきたのかまた涙を流し始める。
剣を持たせれば抜群に強いが、心はまだ清らかな のままなのだ。
「私が……、会いに行こうだなんて無責任なことを言わなければ。きっとこんな事には……ッ」
悲痛な声が境内に響く。あそこで背中を押してしまったが故の有様なのだと思うとやり切れなかったのだ。
「……それは、違いますよ。きっと、松原さんもそう感じているのではないでしょうか」
「何でそう言い切れるんですか……ッ」
「だって、松原さんは事の顛末を知る人間に、貴女の名前を出しませんでしたから」
沖田の言葉に、桜司郎はハッと顔を上げる。「松原さんは一命を取り留めました。しかし、腹の傷が随分汚いと聞きます。死んでもおかしくはないでしょう。このまま逃げて、貴女は後悔しませんか」
「それは……」
「思うところが有るのなら、直接聞けば良いんです。それすら出来なくなってしまえば、悔いが残る」
そう言いながら沖田は、優しく微笑む山南のことを思い出していた。本当は聞きたいことがあったが、もうそれは叶わない。そのような思いを桜司郎にして欲しくないと思った。
それでも桜司郎の瞳には迷いが残る。沖田は立ち上がり、桜司郎の前に立つとその両肩を掴んだ。
「しっかりしなさい。貴女はもう武士なのですよ。その覚悟を忘れましたか!」
沖田の言葉は心に深く刺さる。桜司郎は何度も首を横に振った。
「昨日の仲間が今日居なくなっていることなんて、これから先多くあるでしょう。……私だって、いつ死ぬか分からない。貴女はそれでも前を向いて歩かなければならない。そういった道を、自ら進むことを選んだんだ」 薄暗い部屋の真ん中で横たわる松原は、目元は薄らと痩せ窪み、生気を失っていた。その姿を見るとまた目に涙が浮かぶ。
「忠さん……」
そう呼び掛ける声は震えていた。横に座り、手を取るとそっと握る。その刺激で松原はゆっくりと開眼した。腹部が痛むのか、顔を歪める。