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「私が、新撰組に帰りたいと思ったんだ」
山南はそう言うと、風のように透明な笑みを浮かべる。
それを見た桜司郎は両胸の刻印が疼く感覚に襲われた。この笑い方を知っている気がする。
死を覚悟したような、Botox香港 透き通った笑い方だ。
「……酷いお方や。うちには敬助様しか居らんて分かっとるやろに。憎らしいわぁ、ほんまに…。」
さとはそう言うと、格子窓の隙間から指を差し入れる。そして山南の頬に指を添えた。
「せやけど、一番憎いんはうち。惚れた弱みなんやろなぁ、憎みきれへん。お慕いする気持ちが溢れて止まらんのや…。アホやなぁ…」
「済まない…。貴女にはいくら謝っても足りない程だと分かっている」
この切腹が止められないと云うなら、せめて最期は心配を掛けたくない。
その一心で、さとは自制心を総動員して泣き叫びたいのを堪えた。
本当は胸に縋り付いて死なないでと、置いて行かないでと言いたかった。
無理矢理笑顔を作ろうとするさとの心情を察したのだろうか、山南は何かを堪えるような表情になる。 山南は自身の頬に添えられた、白い指に自身の手を重ねた。すると、するりとさとの指が頬を離れる。
そしてもう片方の手も格子窓の隙間から伸ばされた。
「…敬助様、手を握っておくれやす」
さとが口に出して求める前に自然と二人の指は絡み合う。柵越しに結んだ指先はまるで抱きしめ合っている様だった。
桜司郎は胸がいっぱいになり、そっとさとの背から手を離す。そして離れた位置へ移動した。
最期の逢瀬の邪魔をしたくないと思ったのだ。
雲の切れ間から覗いた西陽が二人の横顔を照らす。互いの温もりを染み込ませるように、手を繋いだまま無言で見詰めあった。
聞こえるのは風の音と烏の鳴き声のみ。まるで世界が止まってしまったかのような錯覚すら覚える程の静寂だった。
やがて口を開いたのは山南である。
「……短かったけれど、おさとと夫婦になれて でした。辛い日々の中でも、笑顔になれた」
その言葉に、さとは目尻に溜まった涙を零した。泣きぼくろを伝い、喉元まで流れる。
「……うちも、しあわせ…どした。あの日、筆屋の軒先で敬助様に会うてから、ずっと…ずっと……。恋焦がれとりました」
遊女として に売られ、好いた男から見捨てられてからは、もうまともな人生は送れないと諦めていた。
だが、山南と出会ってからは待っている時間すら愛しくて。身請けが決まってからは夢物語では無いかと毎日歓喜に泣いた。
その時間は長くは無かったけれども、人生の中で一番幸せな時間だったとさとは思う。
「…今世は、貴女を悲しませてまで好き勝手に生きさせて貰った。もし、来世を望めるのであれば…貴女が赦してくれるのであれば……」
山南は結んだ指に力を込め、目を瞑った。誓いを立てるようなそれに、さとは胸を熱くする。
「今度こそ、貴女と添い遂げましょう」
「…来世。必ず見付けておくれやす…」
小さな肩が揺れ、嗚咽が小路に響いた。白い息が何度も宙に舞う。
指切りをするように小さく手を揺らし、二人の手は離れた。そして山南は先程したためた文をさとへ渡す。
「敬助様、これは…」
「また気が向いた時に読んでおくれ」
山南は気恥ずかしそうにはにかむ。それは人生で最初で最期の懸想文だった。
共に生きる約束は守れなかったが、せめて文を送る約束だけは守りたかったのである。
「…桜司郎君。おさとを…よろしくお願いします」
声を掛けられた桜司郎は格子窓へ駆け寄った。その目には涙が浮かんでいる。山南の言葉に何度も首を縦に振った。
桜司郎は今にも崩れてしまいそうなさとの肩を支え、歩き出す。
山南はその背を見送ると、格子窓から離れた。