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「じゃあ、ケンカしても蘭には言わないでおく」二人がケンカをすることなんてあるのだろうか。まだ交際は始まったばかりだけれど、私は二人がこの先もずっと別れることはないだろうと確信していた。依織が前の彼氏と付き合っていた六年の間は、何度も別れてしまえばいいのにと思ったことがあった。直接依織に、早く別れた方がいいと助言したこともあった。でも、これからはそんなことを感じることも、なくなるのだろう。「でも、本当に蘭のおかげだよ。ありがとね」「感謝してるなら、今度ラーメンおごってくれる?札幌駅の近くに、鶏白湯の美味しいラーメンの店が出来たんだって」「もちろん、おごらせて頂きます」食堂の定食を食べながら、しばらくラーメン話で盛り上がった後、ふと依織の口からあの人の名前が出てきた。「そういえばこの間、偶然久我さんに会ったの」「……へぇ、いつ?どこで?」「先週の金曜日だったかな。仕事終わってスーパーまでの道を歩いてたら、ばったり」久我さんとは、先週の木曜日にいつもの飲み屋に誘われ、二時間だけ一緒に飲んで貨幣基金で別れた。それからは、会ってもいないし連絡を取り合ってもいない。あの日の次の日に、久我さんは依織と遭遇していた。彼は、依織に会ってどう思ったのだろう。諦めかけていた気持ちが、再燃したのだろうか。「あの人の様子、どうだった?元気そうだった?」「勝手に私が気まずい態度を取っちゃったんだけど、久我さんはビックリするぐらい普通に接してくれた。やっぱりあの人、大人だよね。器が大きいし、気遣いが出来るし。私も見習わないとなぁ……」「そういうとこ、あの人らしいわ」気まずい態度なんて、あの人は絶対に出さない。きっとプライドもあるのだろう。特に依織の前では、尚更だ。「蘭は、最近会ってないの?」「たまに、偶然飲み屋で会うくらいかな」飲みに誘われたことは、依織には言う必要がないと思い言わなかった。「じゃあ、もしかして前より久我さんとの仲が深まってるとか?」「深まってない。ずーっと変わらず、一言二言話すだけの関係よ」さすがにそれは嘘だけれど、あの人との仲が深まっているとは、本当にそこまで感じていなかった。「あんた、まだ私と久我さんがお似合いだとか思ってんの?」「うん。美男美女で絵になるし、どこか性格似てるし。それに、二人が一緒にいるのが凄く自然な感じする」「だから、あの人と私は似てないって……」「前に私が一度だけ、久我さんに行きつけの店に連れて行ってもらったとき、蘭が後から来たことあったでしょ?」依織にそう言われ、あの日のことを瞬時に思い出す。あのときはまだ久我さんが依織に猛烈アタック中だった。
仕事を終え疲れきった体でいつもの立ち飲み屋を訪れた私は、依織と久我さんが並んでお酒を楽しんでいるところに遭遇してしまったのだ。本来なら依織に会えて嬉しかったはずなのに、あのとき私は少なからずショックを受けてしまった。依織と久我さんが親しげに話す姿を見てしまったからではない。あの店に久我さんが依織を連れて行ったことが、恐らく私は嫌だったのだ。「そういえば、そんなこともあったわね」「あの日、蘭と話してたときの久我さん、私が今まで見てきた久我さんとは違ってたの。蘭の前では素を見せてた気がする。私の前では、仮面を被ってたのかなって」「……誰だって、好きな人の前ではカッコつけたいんじゃない?私のことは何とも思ってないから、素を見せただけよ」だってあの人は、確かに依織に好意を抱いていた。多分私は、誰よりそのことを知っている。「甲斐だって、依織の前ではバカみたいにカッコつけるじゃん。頼りがいのある男を演じるときあるし」「甲斐は……演技じゃなくて、本当に頼りがいあるし」依織が少し拗ねたような顔を見せたところで、私はトレーを持って立ち上がった。
「甲斐は?いつまでに結婚したいとかあるのか?」「いつまでにとかは特にないけど……まぁ、いつかは結婚したいと思うよ」何杯飲んでも全く酔うことのない甲斐は、ビールを飲みながら自然と結婚願望を口にした。甲斐に結婚願望があることは、以前から知っている。前にそんな話を二人でしたことがあるからだ。私と甲斐の結婚への価値観は違う。もし私と甲斐が交際することになったとしたら、いつか必ずこの価値観の違いにお互い悩むことになる。そんなこと、最初からわかっているのに。子宮內膜異位症 檢查が合うだけで、胸の奥が勝手に疼いてしまうのだ。「結婚の前に、まずは相手見つけないとね」「桜崎もな」「あ、でも甲斐には彼女候補がいるもんね。ほら、あの美人の元カノ!」そこで蘭が真白さんのことを話題に上げた瞬間、甲斐の顔色が変わった気がした。「……何でそこで真白が出てくるんだよ」「だって、よくある話でしょ?昔付き合ってた二人が大人になってから再会して、また恋しちゃう王道パターン。それには当てはまらないの?」「……当てはまらないよ。女って、そういう妄想好きだよな」今、甲斐の返答には明らかに不自然な間があった。その不自然な間が、嫌な想像を駆り立てる。甲斐と真白さんの間に、何かがあった。そんな気がして仕方なかった。「じゃあ、七瀬は?」「え?」まだ結婚についての話題は終わっていなかったのか、青柳が私に問いかけてきた。「七瀬は、結婚したら意外といい奥さんになりそうだよな。面倒見いいし、家事は得意だろ?」「……そうでもないよ。多分私は、結婚とか向いてないと思う」「そんなことないだろ。七瀬なら……」青柳が私のことを褒める言葉が耳に入ってくるけれど、胸の気持ち悪さが徐々に増していき少しも会話に集中出来ない。こんなことになるなら、あんなに食べ過ぎなければ良かった。酎ハイも、飲まずに最初からお茶を選んでいれば良かった。さすがに、このまま飲み続けるのはきついかもしれない。場の空気を壊さずに休めるタイミングはないか見計らっていると、急に甲斐が立ち上がり私の腕を掴んだ。「七瀬、ちょっと」「え……」「いいから、来て」甲斐にふざけている様子はない。私は戸惑いながらも、立ち上がり部屋から出て行く甲斐に続いた。どこに行くのかと思ったら、甲斐は向かいにある私と蘭の部屋の扉の前で止まった。「鍵、開けて」「わ、わかった」言われるがままに部屋の扉を開け中に入ると、甲斐は私の頬やおでこに優しく触れた。「ちょ、何して……」「やっぱり。お前、熱あるだろ」「熱……?まさか。別に風邪なんて引いてないし……」でも、確かに頭がぼんやりして少しフラフラするとは思っていた。お風呂に長く浸かり過ぎたせいだと思い気にしていなかったけれど、どうやら違うようだ。「目も赤いし、頬も不自然に赤い。食べ過ぎで具合悪いのかと思ったけど、明らかに発熱の症状だよ。風邪じゃないなら、疲れのせいかもしれないな」甲斐は私の手を掴んだままベッドまで連れて行き、私はそのまま強制的にベッドに寝かされた。「どうせ、場の空気が悪くなると思って、具合悪いって言い出せなかったんだろ?」「え……」
「お前のことなら、大体わかるから」「……」「お前って、変な所で遠慮するんだよな」甲斐は呆れたように笑いながら、横になっている私の頭を優しく撫でた。「何も気にしなくていいから、少し休んでな。何か必要なものあれば、向こうの部屋から持ってくるから」そう言って、ベッドの端に座っていた甲斐が立ち上がった。甲斐が行ってしまう。そう思った瞬間、私は甲斐の浴衣の裾を掴んでいた。「行かないで……」